広島高等裁判所岡山支部 昭和33年(ラ)31号 決定 1959年4月03日
抗告人(申請人) 井上一郎 外二名
相手方(被申請人) 株式会社三和相互銀行
主文
本件各抗告を棄却する。
理由
本件各抗告の要旨は、相手方会社たる株式会社三和相互銀行の社員に対する賃銀は他の銀行に比し著しく低額であつたから、たとえ抗告人らが幹部社員たる地位にあつたとしても、抗告人らの家庭には少しの金銭的余裕がなく、本件請求金は不時の費用や文化費一部として必要欠くべからざる生計費であるから、これをもつて仮処分を許容すべき充分の必要性が存在するものというべきである。即ち、本件仮処分の必要性が存在するといえるためには、抗告人らが本件請求金の支給なかりせば餓死せざるを得ざるが如き状態にあることを必要とするものではなく、抗告人らの人間たるに値する文化的生活を充たすために必要であるといえる限りは、本件仮処分の必要性が存在するとすべきであるから、これと異なる趣旨の原決定には承服できないというにある。
よつて審案するのに、当審での疎明によれば、抗告人らは何れも無為徒食の状況にある上に、別世帯の扶養家族をかかえていたり、相当の借財を負うていたり、或は病気療養中の家族や遊学中の家族を養つているなどして、現にその家計が相手方会社より支給を受けている毎月の給料のみで充分にゆとりがあるとは、決していえない状態にあることを窺うことができる。しかしながら、仮の地位を定める本件仮処分が許容されるためには、債権者たる抗告人らにおいて、民事訴訟法第七百六十条にいわゆる「著シキ損害ヲ避ケ若クハ急迫ナル強暴ヲ防ク為」など真に緊急且つ必要にして応急的救済が得られなければ、ただちに抗告人らの生活に重大なる支障を来すべき状態にあることを必要とする――但し、抗告人らが主張するように餓死せざるを得ざるが如き状態にあることまでは必要としないのはいうまでもない――ことは同条の法意に照し明らかであつて、これが必要性の有無を判定するに当つては、単に債権者たる抗告人らの側の損害のみを基準としないで、当事者双方の利害を考慮したその相対的な損害、換言すれば当事者の利益の権衡を基準として判定すべきものと解するのを相当とする。そこで、本件仮処分の必要性の有無を判断するのに、抗告人らの本件請求金額は、抗告人井上については金三万八百円、同中村については金二万五千三百円、同綱島については金二万百円であつて、右金額は当該抗告人らに従来支給されていた約一ケ月分の給料相当額に過ぎないものであることが抗告人らの主張自体によつて明らかであるから、右請求金は抗告人らの生活維持の上で左程重要な役割を演ずる性質のものとはいえない上に、抗告人らはすでに相手方会社のなした解雇の効力を停止する旨の仮処分決定を受け、引続き相手方会社より毎月給料(解雇当時の給料に近い金額)の仮払を受けていることは抗告人らの自認するところであるのに拘らず、抗告人らが予て受領(但し、解雇に異議をとどめる趣旨で、生活の必要上一時保管利用する旨の通告がされている)した本件請求金額に数倍する相手方会社の供託せる解雇並びに退職手当金――抗告人井上、同中村については各金二十四万円余、同綱島については金十三万円余――を相手会社に返還することなく、事実上生計費に充当していることが原審での疎明に徴して容易に窺えるところであるから、これらの事情に鑑みるときは、抗告人らはすでに実質上相手方会社の負担において本案判決によつて得られる満足より大なる満足を得ているものというべきでもあるから、抗告人らの冒頭認定のような給料のみでは金銭的余裕――抗告人らのいわゆる文化的生活――を持ちえない家計状態を十二分に参酌するも、なおかつ本件仮処分の必要性がないことは明らかであつて、抗告人らの提出の全疎明資料をもつてしても、他にこれが必要性の存在する根拠を見出し得ないから、本件仮処分申請がその必要性を欠くものと断定した原決定は正当であるといわねばならない。
されば、抗告人らの本件各抗告は理由がないからこれを棄却すべきものとし、主文のように決定する。
(裁判官 高橋英明 浅野猛人 小川宜夫)